Fitzのこと その2


@naokoです。
この写真は、Fitz君が1歳ぐらい、私が十代の学生の頃の撮影。一眼レフでモノクロフィルム、自分で現像した年代物をフィルムスキャンしました。状態はかなり悪いですね。
ああっ、よく見ればこの壁のかんじは…うわっ。青春の思い出満載やあ。やっばー。
京都の白川通りにある、美術系の短大に通っていたころ、いきなり自活をはじめたアパートで、Fitzとくらしておりました。あの頃はビンボーでビンボーで…親から振り込みのある日は朝から銀行に行って何度もATMで確認したものです。バイトもしていたけれど、いつもピーピーで。素うどんにてんかす浮かべて毎日食べてましたね。近くに京大生などが行く、600円も出せばてんこもりの定食屋も、思い切らないと行けない。授業に出るためにでなく、ラウンジでうだうだするために学校に行ってました。
大家さんにはいちおう内緒でFitz君との同居をはじめたのですが、大家さんちにもタヌキみたいな猫が2匹いたので、だいじょうぶだろうと。(実際黙認してくれてました)
大通りからアパート方向に入る道の角は空き地で、その向こうに小さな野菜畑。そのむこうに白いアパートがあり、帰宅するときはいつも空き地の前から『Fitz〜』と2.3度呼べば、私を待っていた彼が『うにゃにゃにゃにゃ〜』と(走りながら鳴くと、音がごろんごろんしますよね。)嬉しそうにむかえにきてくれました。そして堂々とアパートの玄関すらふたりで帰っていったものです。なつかしい愛の日々…。
後に実家に戻ることになるのですが、このころはほんとうに『私が死んだらこの子はどうなるのだろう…』とアホなことを考えては涙ぐんでいたりしました。後に大島弓子氏の漫画で、独身の彼女が全く同じ事を考えていたのを読んで笑ってしまいました。『グーグーだって猫である』だったかな? お互い長生きしてしまい、愛猫を見送ることになってしまうわけですが…。

グーグーだって猫である〈2〉

グーグーだって猫である〈2〉